IT企業における原価計算。考え方・メリット・原価率のKPI
2020/12/04公開2024/10/16更新
ソフトウェア開発会社、ハードウェア開発会社、Web制作会社、SIerなどのIT企業では、原価の多くを労務費(人件費)が占めるため、実際にどのくらいの原価がかかっているのかが見えづらいといわれています。
そのため原価計算を怠ると、売上が上がっているにもかかわらず赤字になっていた、という事態に陥りかねません。
この記事では、IT企業における原価の考え方や、原価計算の目的、メリット、原価率のKPIなどを解説します。原価計算の見直しを通して、企業の収益改善や健全な経済活動の維持について考える機会にしていただければと思います。
目次
IT企業における原価とは
IT企業における原価とは、一つのプロジェクトが始まってから終了するまでにかかった生産コストを意味します。IT企業には先に挙げたようにソフトウェア開発会社、ハードウェア開発会社、Web制作会社、SIerなど様々な業態がありますが、共通するのは原価における労務費(人件費)の割合が高いことです。
ここからは、さらに詳しくIT業の原価計算について解説していきます。「原価計算の目的・メリットをまとめて知りたい」「プロジェクト別原価計算についてざっくり知りたい」という方は、こちらからプロジェクト別原価計算ガイドをダウンロードなさってください。
多くのIT企業では、
- 労務費
- 外注委託費
- 経費
の3費目を「原価」として考えています。それでは、各費目について具体的に見ていきましょう。
①労務費
企業で働く従業員の人件費です。つまり、彼らが稼働した「時間」が労務費として加算されます。後で詳しく解説しますが、IT企業ではプロジェクトごとに原価を算出する「個別原価計算」が行われるのが一般的です。プロジェクトマネージャーやエンジニア、プログラマー、デザイナーら、該当のプロジェクトに直接関わる従業員の労務費は「直接労務費」として、プロジェクト原価にそのまま加算されます。 一方、総務や人事といった、プロジェクトに直接関わらない従業員の人件費は「間接労務費」として、あらかじめ設けられた一定の基準にしたがって各プロジェクトに振り分けられます。 ちなみに間接費を振り分けることを「配賦(はいふ)」と呼びます。
②外注委託費
プロジェクトを進めるにあたり、システム開発やデザインなど、業務の一部を社外のスタッフに委託した際に支払う費用です。
③経費
PCやサーバー、ソフトウェアなどのIT資産を導入する際の費用、サーバー保守費、事務用品の購入費、打ち合わせなどで発生した飲食代、通信費、従業員の交通費などが経費に分類されます。 ちなみに、経費に関しても労務費と同様に、プロジェクトに直接関わるものは「直接経費」としてプロジェクト原価にそのまま加算。 一方、オフィスの家賃や水道光熱費など、プロジェクトを進める際に間接的に発生した費用については、「間接経費」として各プロジェクトに振り分けられます。
IT企業の原価についてまとめると下記のような図となります。
原価計算の目的
経済活動においては、売上から原価を差し引いたものが利益です。 たとえ売上が伸びていたとしても、同時に原価も膨らんでいれば気づかないうちに赤字になっているかもしれません。また現状は利益が出ていたとしても、原価の見直しと無駄の削減を継続的に行わなければ、 価格競争力が落ち売上自体が下がってしまう可能性もあります。反対に、原価計算によって無駄なコストを洗い出し削減することができれば、売上は変わらなくても利益率を上げることが可能です。よって、企業の収益改善や健全な経済活動維持のために原価計算は欠かせないのです。
IT企業での原価計算が難しい3つの理由
一般的に、IT企業における原価計算は複雑で難しいといわれています。その理由はどこにあるのでしょうか。3つのポイントに分けて解説します。
①プロジェクトごとに原価の内訳が異なる
IT企業のプロジェクトでは、クライアントの要望に合わせて進める、オーダーメイドの「受託案件」が一定数を占めています。受託案件は、仕様や原価の内訳が毎回異なるためプロジェクトごとに原価を計算する「個別原価計算」が用いられます。 たとえば製造業(メーカー)など、同じ製品を大量生産する業種では、全体でかかった原価から製品1つあたりの原価を割り出す「総合原価計算」が用いられます。 一方、IT企業ではプロジェクトごとの原価計算が必要になるため、原価計算により手間がかかると言われています。
②原価計算が細かく複雑
個別原価計算を行うには、原価をまず費目別(労務費・外注委託費・経費)に分けます。次にそれらを部門別に割り振り、さらに個々のプロジェクトに振り分けることで、それぞれの原価を集計しています。 また、総務部や経理部などプロジェクトに直接関わっていない部門の費用(間接労務費)は、一定の基準を設け、下記の図のように基準にしたがって各プロジェクトに振り分ける配賦処理が必要になります。このように複雑な個別原価計算を行わなければ、プロジェクトごとの正確な原価を把握することができません。
③原価の大半を労務費が占める
IT企業の主な原価である労務費は、従業員がプロジェクトを進めるために稼働した「時間」を意味しています。つまり、「いつ、誰が、どのプロジェクトにどのくらいの時間関わったか」を正確に把握する必要があるのです。しかし、時間は"モノ"として存在するものでない以上、可視化が難しいことがネックになっています。
IT企業が原価計算を行うことで得られるメリット
前述のように、IT企業の原価計算は簡単なものではありません。しかし、それをクリアして得られるメリットが大きいのも事実です。どんなメリットがあるのか、2つの観点から見ていきましょう。
①原価を見直すことで、コスト削減に繋がる
適切な原価計算によってその大まかな構造や、赤字と黒字の境目である損益分岐点をあきらかにすることができれば、経営陣はもちろん、実際にプロジェクトを進める従業員一人ひとりのコスト意識を高めることもできます。 原価計算を行うことで原価(労務費・外注委託費・経費)の見直しが行われれば、コスト削減、ひいては利益率の向上にも繋げることができるはずです。
②経営の意思決定に役立つ
企業が経営状況を把握する上で、もっともシンプルで大切な要素は「原価」「売上」「利益」です。この3要素は「売上−原価=利益」という関係性で成り立っているため、個別原価計算によってプロジェクトごとの原価が明確になれば、自ずとプロジェクトごとの利益も正確に把握できるようになります。ひとつのプロジェクトの原価と利益が可視化されることで、「この案件では労務費が多かったため、今後は類似の案件において価格設定を見直す」「利益率の高い案件の傾向を見定め、案件に対する優先度を決定する」といった意思決定に役立ちます。 原価計算を行った結果、想定よりも利益が出ていない場合でも、それは良い意味での大きな発見になります。これまでブラックボックス化していた課題を可視化できれば、解決に向かって動き出すことができるでしょう。
IT企業の原価におけるKPI
適切な原価率をKPIとして設定し、原価率を下げて利益を上げるためには、各費目でどんなポイントを見直せば良いのでしょうか。それぞれ解説します。
適切な原価率を設定するために
IT企業における原価率は、企業やビジネスモデルによって非常に多様です。これは、受注形態(エンドユーザーからの直受けであるか、別会社からの孫請けであるかなど)や、プロジェクト進捗よって原価が大きく左右されることに原因があります。受注額に対して労務費が抑えられれば、原価率30%を満たないこともありますし、反対に手戻りが多いなど厳しいプロジェクトであれば、原価率50%を超えることもあるのです。 よって、原価率の目安は自社で考えることになります。損益分岐点(赤字と黒字の境目)や、提供価格(相場)から逆算して考えるのも良いでしょう。また従業員に給与をいくら支払うのかも、原価率を考える起点の一つとなります。
原価3費目の見直すべきポイント
IT企業の原価を見直す際には、どのようなポイントに着目すればよいのでしょうか。3費目(労務費・外注委託費・経費)についてに紹介します。
労務費
IT企業では労務費の原価比重がもっとも大きいだけに、いかにスタッフの負担を減らすことができるかが利益率を上げる重要なポイントとなります。クライアントの追加見積もりがないままに、いわゆる"下請け根性"で何度も仕様変更に対応しているということはないでしょうか。また利益率の低い案件を、なし崩し的にこなしてはいないでしょうか。 ビジネスモデルを見直し、クライアントや社内の他部門との情報共有、連携を強化することで、現場の体制を改善し、労務費を減らせるケースは珍しくありません。
外注委託費
まずはプロジェクトを進めるなかで慣習的に外注している業務を見直してみてはいかがでしょうか。社内スタッフのリソースが空いているのにも関わらず、外注しているものはないでしょうか。また、どうしても外注が必要な場合は、より低価格・高品質で請け負ってくれる委託先はないでしょうか。 もちろん業務は一概に内製化を進めれば良いというわけではなく、社員の給与を考慮した上で、外注した方が原価を抑えられるケースもあります。よって、両者をよく比較した上で、内製するか外注するかを決めることも重要なポイントとなります。
経費
プロジェクトを進める過程で新しいPCやサーバー、ソフトウェアなどが必要になった際には、導入前に一度、プロジェクトチームや部門内だけでなく、社内全体を見渡してみてください。他チームや他部門で使っていない、活用できるものがあるかもしれません。また新しいシステムを導入する際には、現行のシステムと統合できるものを選べば、余分な経費を削減することができます。 さらには、リモートワークを効率的に導入すれば、交通費や共通費も見直すことができるでしょう。
KPI達成のために、システムを活用した原価管理を
前述のように、IT企業では次のような理由から、原価計算が複雑で難しいとされています。
- プロジェクトごとに原価の内訳が異なる
- 計算そのものが複雑
- 原価の大半を労務費が占める
より精度の高い原価管理のためには、下記のような数値の算定も行う必要があります。
- 目標原価と実際の原価の差異分析
- 損益分岐点(赤字と黒字の境目)の算出
- 原価に影響を及ぼすリスクのシミュレーション(労務費や外注費の高騰といった環境変化など)
プロジェクト別の原価は、Excelなどを使って手動で算出することも不可能ではありませんが、実際に個別原価計算を行う現場には大きな負担となります。原価計算を行うために、さらに原価(=労務費)が膨らむことになれば、本末転倒です。 よって多くのIT企業では、原価計算および原価管理のシステム化が進んでいます。本ブログを運営する株式会社オロが提供するクラウドERP「ZAC」のように個別原価計算の自動化する機能を持ったツールを導入すれば、「いつ、誰が、どのプロジェクトにどのくらいの時間、関わったか」という工数管理と紐づけて原価を算出することができます。 適切な原価計算によって利益率を向上させ、企業の収益改善や健全な経済活動の維持をするためにも、この機会にぜひ、IT企業の原価管理の効率化に特化したツールの導入を検討してみてください。