意思決定会計の分類や必要な概念、進め方を解説【中小企業診断士監修】
2022/6/24公開2023/6/22更新
企業では、将来を左右するような大きな判断をすることもあれば、日々の業務で小さな判断を行うこともあります。判断を誤ると収益が悪化するだけでなく、企業が倒産することさえありえます。
そのため、あらゆる会計データをもとに的確な意思決定を行うことが大切です。それが意思決定会計と呼ばれるものです。本記事では、企業が行う意思決定会計について詳しく解説していきます。
目次
意思決定会計とは
意思決定会計とは、企業が利益を上げるための的確な判断を行うための会計です。どれだけの収益が見込めるか、また投資からどれだけのリターンが見込めるのかなど、中長期的な判断を行う場合に多く活用されます。企業の利益向上に必要な意思決定のための会計と言えるでしょう。
一般的には、設備購入や企業買収といった高額な投資を行うための経営上の意思決定や、日々の業務改善のための意思決定に利用されています。意思決定会計は、財務会計のように外部に提示するものではなく、社内で利用する管理会計の一部です。そのため、実施するかどうかは任意となっています。
しかし企業にとって適切な意思決定を行うためには欠かせないものであり、勘や経験のみに頼らない経営判断が可能になります。管理会計について、詳しくは以下の記事を参考にしてください。
意思決定会計と業績管理会計の違いは?
管理会計を大きく分けると、意思決定会計と業績管理会計の2つがあります。これらの違いは、事業の収益性評価のために行うのか、もしくは組織内の業績管理のために行うのかです。
意思決定会計が事業の収益性評価を目的としている一方、業績管理会計は組織の業績を評価することを目的としています。たとえば部門ごとに業績目標を決め、予実の差異を管理・評価することが可能です。業績に対する従業員各自の責任を明確にし、業務への動機付けと自律意識を与えられます。
なぜ意思決定会計が重要なのか
変化の激しい現代、企業が生き残っていくためには、市場や自社の状況に合わせた適切な経営判断を行わなければなりません。その経営判断に欠かせないのが、タイムリーな会計情報です。
ただし、外部向けに作成する財務会計のデータでは具体性に欠け、経営判断を行うには十分ではありません。詳細な収益や利益率、原価といった数値をタイムリーに把握しておくことで、的確かつスピーディーな意思決定が可能となります。
経験則や勘に頼った意思決定では、変化しつづける環境に対応できない恐れもあるため、最新の正確な会計データに基づいて判断することが重要です。スピーディーな意思決定に管理会計を生かすポイントは、以下の記事を参考にしてみてください。
意思決定会計の3分類
意思決定会計は、以下の3つの意思決定に対して使われます。どのような意思決定があるのか、具体的に見ていきましょう。
①業務的意思決定(戦術的意思決定)
日々の業務で利用する材料の調達方法や選定基準など、業務の過程での意思決定が「業務的意思決定(戦術的意思決定)」と呼ばれるものです。具体的には、自社製品を作るために必要な材料Aを内製するか購入するかといったような意思決定を指します。それぞれを選択した場合にかかる費用を明確にし、利益を上げられるほうを選択することになります。
このような意思決定は現場レベルで行われることが多く、実施頻度としては日次・週次など高頻度であることが特徴です。
②管理的意思決定
日々の業務内容や人員配置など、資源分配に関する意思決定は「管理的意思決定」と呼ばれます。主に中間管理職がメインとなって行う意志決定であり、企業に与える影響は中程度になります。そのため、部門ごとに判断することが多く、部門別の会計データが使用される傾向にあります。
③構造的意思決定(戦略的意思決定)
長期的な視点で企業の利益を考慮して投資判断を行うのが、「構造的意思決定(戦略的意思決定)」です。扱う金額が大きく経営への影響も大きいため、経営者や管理者など上位層中心に行われます。
投資判断を行うためには、投資対象によって将来回収できる利益額を見積もったうえで、現在いくら投資するのが妥当なのかを計算しなければなりません。たとえば、新たな設備を購入する場合と古い設備を修繕しながら利用し続ける場合、どちらが将来的に利益を上げられるのかといった判断を行うのに会計データを使用します。
投資によって将来的に発生するキャッシュフローの現在価値と、初期投資額の差額から投資判断をするNPV(正味現在価値)法やIRR(内部収益率)法を用いて、将来回収できる金額を見積もり、投資判断をするのもいいでしょう。
意思決定で重要な「差額収益分析」
意思決定の際に必ず行うのが、複数の選択肢から最適なものを選ぶことです。これを差額収益分析と呼びます。この差額収益分析に必要な概念が、差額収益(原価)・機会費用・埋没費用の3つです。
聞き慣れない言葉だと思いますが、それぞれの違いを理解しておくことが意思決定会計には欠かせません。言葉の定義や注意点などを、以下に解説していきます。
①差額収益・差額原価
差額収益とは、採用した選択肢と採用しなかった選択肢の収益の差のことです。例えばA案を採用した場合の収益は50万円、B案を採用した場合は30万円だとすれば、差額収益は20万円となります。
また、それぞれの原価収益の差を差額原価と言います。A案の費用が10万円、B案の費用が5万円だった場合、差額原価は5万円です。
差額収益(20万)から差額原価(5万)を差し引くことで、得られる利益の差額を算出することが可能になります。この場合、差額利益が15万となり、A案が最も利益を出せる選択肢であることがわかります。
②機会費用(機会原価)
機会費用とは、選ばなかったほうの選択肢で得られたと想定される利益のことです。選ばなかった選択肢が複数ある場合は、その中でもっとも利益が高いもので考えます。
たとえばAとBどちらかの材料を購入する際、Aを選んだとします。すると、Bを購入して使用した場合に得られたであろう利益は、機会費用となるのです。
即時に得られる利益以外にも、長期的に考えて得られるであろう利益も見落とすことなく計上する必要があります。具体的には、30万円の売上が見込めるベテラン社員Aではなく、人材育成を図って新入社員Bがプロジェクトを担当するといったケースです。この場合、売上が10万円になったとしても、社員Bの成長という長期的利益が見込めます。
③埋没費用(埋没原価)
埋没費用とは、どの選択肢を選んでも変化のない費用のことです。埋没原価ともいいます。過去に支払い済みのため戻ってこない費用や、意思決定の結果にかかわらず発生する人件費などの費用を指します。
埋没費用はこれから行う意思決定に影響しないため、今後の判断材料に含めないことが重要です。
意思決定会計を行うには?
では実際に意思決定会計を行うにはどのようなステップを踏めばいいのでしょうか。ここでは、会計データを活かし、業務の過程の意思決定を行う場合の一般的なステップを紹介します。
①課題の把握・情報収集
何らかの意思決定が必要になった場合、まずは課題を正確に把握し、判断を行うための会計データを集計する必要があります。そのため、普段から最新かつ正確な会計データを集約しておくことが重要です。常に最新のデータを把握しておくことで、意思決定が必要な際にすぐに対応可能となります。次に、集計した会計データを分析します。具体的には、現場の課題や意思決定に関わるデータ、意思決定の根拠となりうるデータを抽出します。
②代替案の用意
必要なデータを抽出できたら、それらのデータを踏まえ、今ある業務上の課題に対して代替案を検討します。代替案も、定量的に判断できる状態にしておくことが大切です。案は複数あるほうが、よりよい選択につながります。
③案の比較(手法の使用)
課題解決のための代替案を複数用意できたら、それを意思決定手法に基づいて比較します。よく利用されるのが、上述の概念を活用して分析する「差額収益分析」という手法です。それぞれの案について、実行した場合の収益を算出し比較・検討を行います。
⑤最終決定
比較した結果をもとに、最終的な意思決定を行いましょう。基本的に会社の方向性に関わる大きな意思決定を行うのは管理者や経営者などマネジメント層です。通常業務における意思決定であれば、現場の管理者層の判断で進められます。
まとめ
企業の利益向上のため、業務改廃や投資などに用いられる意思決定会計。管理会計の一部なので実施が必須ではありませんが、変化の激しい今、的確かつスピーディーな判断を行うためには欠かせないものです。
意思決定会計では差額収益分析を行うことになるため、分析に必要な概念を正確に理解しておきましょう。そのうえで、常にタイムリーかつ正確な会計データを集計しておくことが大切です。本記事で紹介したステップを参考に、ぜひ意思決定会計を実践してみてください。