「ユーザーIT力:強 × ITベンダーIT力:弱」 の関係性考察
今回は考察の2つめとして、「関係2(ユーザーIT力:強、ITベンダーIT力:弱)」について、ケースを挙げて考察していきたいと思います。
IT部門がIT子会社となっているケース
今回考察するのは、ユーザーのIT力が強く、ITベンダーのIT力が弱い、というケースです。
ユーザーよりもITベンダーのほうがIT力が弱いと聞いて、「そんなケースがありえるのか?」や「IT力が弱いITベンダーであれば、他のITベンダーに切り替えれば済むのでは?」などと思われた方も多いのではないでしょうか?
確かに、ユーザーのIT力はIT力の3要素で定義したレベルを満たしているにも関わらず、ITベンダーのIT力が明らかにそれを満たしていない、という関係が維持・継続されることはあまりないかもしれません。IT力が強い(3要素で定義したレベルを満たしている)ユーザーであれば、支援を受けているITベンダーが、自分たちが必要とするスキルやリソースを持っているかどうか、またそれらを適切に提供してくれるかどうか、について主体的に判定する力も持っていると考えられるからです。
では一体、この関係に当てはまるようなケースとはどのようなものが考えられるでしょうか?
様々なケースが考えられると思いますが、今回はIT部門が一定規模以上で、ある程度独立的に活動することが可能なケースの一例として、IT子会社で想定されるケースについて解説したいと思います。
一定規模以上の会社では、IT部門をIT子会社として分離して、自社グループ全体のITリソースをそこに集約することでITコストとITリソースの全体最適化を図ることが一般的な形態になっています。この場合、各事業会社にはIT企画部門として、主として、IT戦略やシステム開発におけるいわゆる上流工程などを担当する機能・要員だけを残し、大多数のIT要員は子会社に出向・転籍という形でIT子会社に在籍する形態をとることが多いと思われます。子会社化して一定以上の期間が経過している場合、IT子会社が独自に新卒・中途採用を行っている場合もあります。
ここでポイントとなるのは、IT部門を子会社化した場合、IT子会社自体のコアコンピタンスはITである、という点です。これは、ITとは全く異なる事業セグメントを本業としている事業会社において、IT要員のキャリア形成を考えた場合の論点の1つでもあります。すなわち、子会社化以前は、その事業会社におけるITスキルはどうしても傍流のスキルとして考えざるを得ない状況であったとしても、子会社化することによって、そのIT子会社自体のコアコンピタンスがIT関連領域になるということです。
さらに、IT部門が子会社化されて一定以上の期間が経過している場合、IT子会社内で独自の社風やカルチャーが醸成されるとともに、ITに関する様々なナレッジも蓄積され、システム導入に関しても自分たちなりの各種方法論が確立されていくと思われます。
このようにIT子会社という形態をとっているユーザーではコアコンピタンスがITとなるため、ITベンダーとの関係において、一般の事業会社におけるIT部門と比較した場合、ユーザーのIT力が強くなるケースが発生すると考えられます。前回考察した関係1(ユーザーIT力:強、ITベンダーIT力:強)では、ユーザーのIT力はユーザーに求められるレベルを十分満たしているケースを前提にしていましたが、関係2では、さらにユーザー側が、テクニカルスキルやプロジェクトマネジメントスキルの面で、ITベンダーに匹敵する相当高いITスキルを持っている点が関係1とは大きく異なる点となります。今回想定するケースではITベンダーのIT力が弱いというわけではありませんが、相対的に見てユーザーのIT力が強い、ということで、ここでは関係2の一例として取り上げたいと思います。
IT力の3要素では下表のとおりとなります。
前回のコラムでは、ユーザーとITベンダーの理想の関係を、「ITベンダーが持っているスキルやナレッジを、自社のビジネス目標達成のために最大限活用しているユーザーとITベンダーの関係である」と定義しましたが、この定義に沿って考えると、関係2においてもユーザーとITベンダーが理想の関係を持つことが可能であることがわかります。ユーザーであるIT子会社が、自分たちが必要としているITリソースを見極めた上で、必要なリソースをITベンダーから調達している場合がこれに該当します。ハードウェアやソフトウェアなどのいわゆるプロダクトと、ITに関する専門的スキルや各種方法論などが、ITベンダーが提供すべきITリソースになります。
「理想の関係」にむけて改善が必要なケース
しかし、同様に関係2に位置づけられる関係であっても、理想の関係を構築できない場合があります。その1つが、ユーザーが自分たちのナレッジとして保持しているプロジェクトマネジメント方法論が、導入しようとしているシステムには適さない場合です。IT力の3要素で考えると、「プロジェクトマネジメントスキル」については経験値も含めたトータルとしてのスキルレベルは高いのですが、方法論自体がほとんど見直されていない、という場合です。
例えばユーザーのプロジェクトマネジメント方法論がレガシーシステム全盛期に確立した、完全なウォーターフォール型であり、その方法論に慣れているなどの理由で、ユーザーがそれに固執しているような場合では、本来であればITベンダーの持っているパッケージシステムなどの導入方法論のほうがより効果的・効率的にシステム導入が可能であるにも関わらず、ユーザーがそれを受け入れることができず、(ITベンダーの提案を押し切る形で)ユーザーにとって従来通りのプロジェクトマネジメント方法論を踏襲し、結果としてプロジェクトが非効率になってしまう、もしくは最悪の場合プロジェクトの大幅遅延など、その成否にかかわるような状況に陥ってしまうことも考えられます。
一見すると(表面上は)、ITベンダーの方法論を取り入れているように見える場合でも、実質的な部分ではユーザーの方法論が適用されてしまっている可能性もあり得ます。
このような事態を回避するための即効薬的な手法は残念ながら存在しません。なぜなら、これはユーザーであるIT子会社などの組織単位の対応が必要であるためです。組織単位の対応では「今までのやり方を捨てて、今日から新しい手法を採用します」というわけにはいきません。
しかし、即効薬的な手法がなかったとしても、ある程度の時間をかければ改善することは可能です。特に方法論的なものは、実際に現場に提供することでプロジェクトに関与している各メンバーがコツをつかみ、運用に慣れていくことが一般的な適用過程だと思われます。これを実現するには、新たな方法論を取り入れることに対して考え方を変える必要があります。
方法論にも新陳代謝が必要です
ITプロフェッショナルを標榜する(IT力が高い)組織・人は、一般的にハードウェアやインフラ設計の新技術や新しいアーキテクチャ、または新しいソフトウェアなどの情報収集や適用には積極的ですが、プロセスを効率化する方法論的なものを新規に取り入れることには消極的であることが多いのではないでしょうか。
IT力が強いユーザーのテクニカルスキルがITベンダー並に高いことは、ユーザーとITベンダーが理想の関係を構築する上で支障をきたすことはほとんどないと考えられます。ハードウェアやソフトウェアに関する最新情報などはITベンダーから情報提供されますが、IT力(のテクニカルスキル)が高いユーザーであっても、情報の陳腐化を避けたいなどの理由から、そのような情報は抵抗なく受け入れることができるからです。一方で、プロジェクトマネジメントスキルに大きく関わってくる各種方法論については、おそらく多くの方が、今まで慣れ親しんできた方法論ではなく新しい方法論を採用することには消極的である、というのが現状です。
しかし、特にIT業界では、その核となるテクノロジーの進化は非常に速いため、それを使いこなす立場のITプロフェッショナルは、それらのテクノロジーを使いこなすためにも、方法論などについても積極的に新しいものを取り入れていくことが重要になってくるのです。いわば適用する方法論にも新陳代謝が必要であり、プロジェクトマネジメントスキルが高いということは単に「方法論に慣れる」だけではなく、「新しい方法論を積極的に取り入れることに慣れる」ことであるといえるかもしれません。
関係2(ユーザーIT力:強、ITベンダーIT力:弱)のまとめ
前項の考察内容を以下にまとめます。
- IT力が高いユーザーは、自社のITリソースを見極めた上で、必要なリソースをITベンダーから調達するというスタンスをとることで、ITベンダーとの理想の関係を構築することができる。
- 必要なリソースの1つとして、新技術の情報と同様に新たな方法論についても積極的に取り入れる必要がある。
- 「方法論に慣れる」だけではなく、「新しい方法論を積極的に取り入れることに慣れる」ことが必要である。
次回は、ユーザーとITベンダーの関係で最も一般的な関係であると思われる関係3(ユーザーIT力:弱、ITベンダーIT力:強)について考察していきます。