ITサービスの値決めや適正価格の考え方
価格戦略とは
価格戦略(プライシング)とは、戦略的に自社の製品・サービスの価格を決めることです。マーケティングにおいて重要な要素のひとつであり、企業経営を左右することもありえます。売上・利益の増加や価格の安定化、市場シェアの維持・拡大、競合への対抗などを目的に行われます。
価格戦略では、自社都合だけでなく、顧客や競合他社、市場の状況を把握することが重要です。さまざまな考え方や戦略がありますが、どのような戦略においても顧客目線と利益との両立を考慮しなければ、持続的な製品・サービス提供は困難になります。
ITサービスの値決めのために重要な要素
業種の特性によって、価格設定においてとるべき戦略が異なります。たとえば製造業などは、原材料費や人件費などの原価が明確かつ予測しやすいゆえ、プライシングも複雑にはなりにくいと言えます。
それではソフトウェア開発会社やWeb制作会社、SIerなどのIT企業はどのように値段を決定すればいいのでしょうか。ここでは、IT企業の値決めや適性価格に欠かせない4つの要素をお伝えします。
利益率
利益率とは、売上高に対して利益がどれくらいの割合であるかを示す指標です。売上高から売上原価を差し引いた利益をもとに計算する売上高総利益率(粗利)や、本業による利益の割合を計算した売上高営業利益率、税金等を差し引いた最終的な残額をもとに計算する売上高当期純利益率などが存在します。
業種によって目安となる利益率は異なるため、自社の業界の平均利益率を知っておくことが大切です。財務省の「年次別法人企業統計調査(令和3年度)」(*1)によると、情報通信業の売上高営業利益率は平均8.6%となっています。業界平均を目安にしながら、自社の特性を踏まえた価格設定を行いましょう。
原価率
原価率とは、売上高に対して原価がどれくらいの割合かかっているかを示す指標です。IT企業における原価は、労務費や外注費が多くの割合を占めています。どのような費用をいくらかけているのか正確に把握することが大切になります。
社内の労務費は、製造業でいう材料の消費と同じです。ただ、材料と違って消費状況が見えにくいため、ザックリとした把握になっていたり、そもそもないがしろにされたりしがちだと言えます。しかし、利益率と同じくらい重要な要素です。
原価率が上がるということは、それだけ利益が減るということになります。よって、できる限り原価率を下げられるよう目指すことが企業には求められています。ただし一定のクオリティを担保するために必要な原価は考慮し、利益が出せるよう価格を設定しなければなりません。
販売形式
ITサービスの提供形式は、一度購入したら基本的には永久に使える「買い切り型」のほか、使用期間中は毎月利用料が発生する「SaaS型」の2通りが主流です。最近は特に、SaaS型で提供されるサービスが増えてきています。どのような提供形式で売上を上げるか考えることもプライシングの一環なので、自社のサービスの特性に合わせて検討する必要があります。
製品・サービスの優位性
IT企業では同種のサービスを大量生産するというより、各クライアントに合わせたオーダーメイドの製品・サービスを提供する場合が多いでしょう。そのような特性を踏まえ、機能的な価値だけでなく、自社の製品が選ばれる強みや他社と比較して優れた点を明確にしておくことが大切です。社内外から多角的に見たときの優位性を社内にストックしておくこと、どのような手法で伝えていくかは、価格設定時に役立つと考えられます。
IT企業の値決めが難しい理由
上述したようなIT企業の値決めに必要な要素を把握していたとしても、他の業種に比べて価格設定の難易度は高いと言えます。その理由は、大きく分けて以下の3つです。
一般的な価格戦略が当てはまりにくい
プライシングの考え方や戦略はすでに理論として確立されていますが、その多くが顧客心理を利用したBtoC向けのものです。一方、IT企業はBtoBの製品・サービスを提供している場合が多く、一般的な価格戦略を適用しづらいのです。都度、製品・サービスに合った戦略を考え、市場に出してフィードバックを得ることになるため、他業種よりプライシングが難しいと言えます。
製品・サービスにかかる原価がわかりにくい
複数のプロジェクトを複数の従業員が同時並行で行っている場合、プロジェクト別に誰が・いつ・どの作業に何時間ぐらい稼動する予定なのかを正確に見積もること自体が、労力を要する作業となります。プロジェクトが始まる前に正確な工数を見積もることが難しく、原価を価格に反映させづらい点がIT業の特徴です。
見積もりが大変なうえ、上述したように、IT業では原価の大半を労務費が占めるため、上振れにせよ下振れにせよ見積額と実績原価は必ず変動します。オーダーメイドの受託案件において正確な原価を出すには、総合原価計算よりも複雑な個別原価計算と間接費の配賦を行わなければなりません。
買い手が優位性を判断しにくい
価値観が多様化している時代であることに加え、品質の優位性といったわかりやすい訴求が行いづらいという特徴があります。特にオーダーメイドの製品・サービスであれば、自治体の公認や食肉のランク付けといった他との比較による明確な差をつけづらく、同一商品の過去の売上実績なども訴求できません。システムやITツールなどはビジュアルが存在せず、五感に訴えることも難しいでしょう。
IT企業がプライシングを行うメリット
上述の理由から値決めが難しいIT企業ですが、プライシングを行うことで以下のようなメリットを得られます。
競合との差別化ができる
多くの競合が存在するIT業界で市場シェアを拡大するためには、他社との差別化を徹底することが重要です。マーケティングの中でも、プライシングは差別化に有効な手段のひとつと考えられます。
自社独自の価値を示し、その価値に見合った価格もしくは安価だと感じてもらえる価格を打ち出すことで、選ばれるサービスひいては選ばれる企業になり得るのです。
ブランディングの強化
競合との差別化の延長線上に、ブランディングがあります。顧客に「この企業だから買いたい」「このサービスだから選ぶ」と思われるような独自性を構築し、広く認知してもらうことで、ブランディングの強化が可能です。
つまり、プライシングを行って商品・サービスが市場に広まったり競合と差別化できたりすることが、ブランディング強化につながると言えます。
長期的な経営強化に繋がる
戦略を立てて価格を決めることは、景気の状況や環境によらず利益を出すことにもつながります。不景気な時期が続くと一般的には売上も落ちますが、効果的なプライシングを行えば、市場シェアを維持できたり、仮に売上が落ちても利益を確保できたりと、堅固な経営基盤に繋がっていくでしょう。プライシングは、短期的な売上や利益の向上だけでなく、長期的な経営強化においても重要です。
ITサービスにおける適正価格の考え方
製品・サービスの適正価格は、顧客の価値意識によって変わります。したがってプライシングでは、利益を出しつつ、顧客にとって適正と思われる価格のバランスをとることが重要なのです。 また、価格と提供形式はセットで強みを発揮する戦略となるため、どう提供するか検討することも欠かせません。さらに、一度価格を決めたらそこで終わりではなく、市場や競合の状況に合わせて対応していくことが必要となります。
適正な原価の把握が重要
IT業が注意すべきなのは、クオリティを重視するあまり労務費(原価)を度外視してしまうケースです。たとえば、クオリティを追求するために自社のクリエイターを長時間稼働させることは、退職や業務属人化のリスクが高まるため、長い目で見て自社のためになりません。稼働の適正化のためには、事前に労務費の予算を設定をすることが重要です。事前に予算の設定が困難な場合は、日々の稼働に対するマネジメントによるコントロールが必要となります。
価格を考える際は、適正な原価であるかを見極めることが大切です。原価を把握しておくことで、もし顧客から値引きを要求されても、原価の内訳を提示して価格に納得感を持ってもらうこともできます。反対に得られる利益が少ない場合でも、初めて受ける案件で社内にノウハウが貯まり、かつ企業の財産になると判断できれば、案件に原価を投入することは適正だと言えるでしょう。
適正価格を決めるために分析すべきこと
IT企業が競合と差別化するため、そしてブランディングを確立して長期的な目線で経営を強化するためにプライシングは欠かせません。プライシングの基本となる利益率・原価率・販売形式を定めるためには、まずは原価や販売データなどを分析する必要があります。
分析可能なデータを確保するために、まずは案件やプロジェクトごとに正確な原価と利益を把握することから始めてみましょう。労務費がメインとなるIT業の原価は、正確に把握することが難しい一方、価格設定の要となるものでもあります。長く顧客に愛されるサービスを適正価格で提供するために、まずはデータ収集と分析に取り組んでみてはいかがでしょうか。