「IPOの準備は何から手を付けたらいいのか?」、あるいは「どのように進めていくことが大事なのか?」皆さんの素朴な疑問かもしれません。やみくもに進めたのでは効率的な準備が進みません。また、定期的に進捗確認を行っていなければ、統一的な準備ができません。ポイントを抑えておくことも重要です。
「IPO準備の着手」、そして、「IPO準備のポイント」について、説明を行います。まずはIPO準備の着手にあたっての仕組みづくりについて説明します。
IPO準備の着手と上場審査の目的
個別の説明の前に、審査の目的について説明します。東京証券取引所の定める「有価証券上場規程 第207条」に「上場審査」という条項が規定されています。所謂、「実質基準」と呼ばれている規定ですが、全ての審査(言い換えれば準備)は以下の5項目に集約されます。
(上場審査)
第207条 本則市場への新規上場申請が行われた株券等の上場審査は、新規上場申請者及びその企業グループに関する次の各号に掲げる事項について行うものとする。
- 企業の継続性及び収益性
継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること。 - 企業経営の健全性
事業を公正かつ忠実に遂行していること。 - 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能していること。 - 企業内容等の開示の適正性
企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること。 - その他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項
IPO準備の最初の段階で証券会社等から説明のある事項ですが、概念論的な内容なので、個別具体的事項に比べて分かりにくいかもしれません。しかしながら、取引所が「上場会社として必要不可欠な事項」として明確に列挙している内容であり、経営者やIPO責任者は、しっかりと受け止めて準備の基本として理解をしておく必要があります。
上記の規定に関する詳細は、「上場審査等に関するガイドライン」として開示されています。
http://jpx-gr.info/rule/tosho_regu_201305070042001.html
IPO準備への着手と推進の仕組み作り
IPOに関わらず、どの業務においても同じことがいえると思いますが、基本は以下の3点です。
そして、「IPO責任者がコントローラーとして、重要な役割を果たす」ことになります。この仕組み作りが着手にあたって重要となります。
- やるべきことを知る。
- 実施スケジュールを立てる。
- 進捗管理を適切に行い、対応する。
これら3点を3つの章に分けて説明します。
1.やるべきことを知る
通常、IPOに向けて、監査法人を選任している場合は、会計士の先生が短期調査を行って「ショートレビュー(短期調査報告書)」を提出します。ショートレビューに導入すべき制度の内容や改善事項等が列挙されています。選任されていない場合は、次回のコラムの各項目を参考にしてください。
具体的には、以下の手順で進めます。
- 1-1.整備項目の区分
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- ショートレビューには、経営者(オーナー)に関するプライベートな事項もかなり含んでいますので、経営者に関する事項と会社に関する事項に区分します。
- 会社に関する事項を単独の部署で帰結する事項か、複数の部署間で調整が必要な事項であるかを判断して区分します。
- 項目(プロジェクト)毎に整備の責任者を決定します。
- 1-2.重要性と優先順位の決定
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- 各項目に対して経営者とIPO責任者は重要性と優先順位の決定を行い、プロジェクト責任者に指示します。
2.実施スケジュールを立案する
ショートレビューの中に大枠の準備スケジュールが提示されていると思います。あるいは、主幹事証券会社(公開引受部門)から提出されます。未選任の場合は、次回のコラムの各項目を参考にしてください。
スケジュール作成の重要なポイントは、監査法人や証券会社から提出されるスケジュールは、全体のスケジュール感を把握することを目的としており、スケジュール管理として利用するにはあまり有効ではありません。大枠にしたがって、会社でプロジェクト毎に「3ヶ月程度のスケジュール」にブレークダウンする必要があります。IPO責任者とプロジェクト責任者が内容や作業量を踏まえて決定します。
スケジュールが策定できた場合は、IPO責任者が証券会社や監査法人の方に問題ないか確認を行います。
3.進捗管理を適切に行い、対応する
IPO責任者は、整備の進捗確認を行い、遅れている場合の原因・問題点の把握を行って、対応の指示を行います。この部分が疎かになると、上場準備は遅れがちになります。
経営者は、IPO準備が遅れている場合は、迅速な対応の指示とバックアップを行うことが重要です。また、経営者の判断の遅れが準備の遅れにつながっていることが多くあります(遅れている理由にされている場合も多くあるのですが)。
経営者自身も「判断に迷うことがあっても、その判断が企業成長に役立つことになる」と信じて対応する必要があります。
また、証券会社や監査法人の担当者を含めて、定期的(1ヶ月毎)にIPOの進捗会議を開催し、状況確認や問題点への対応を行なうことが重要となります。
ここからは「IPO準備のポイント」について、説明を行います。実は、IPOに向けて必要な制度導入の他に、「経営者(オーナー)個人」と「企業」を明確に振るい分けていく内容でもあります。
私の経験でも、経営者の方に「そんなことがどこに書いてある?」とよく聞かれることがあります。
答える立場として勇気がいりますが、会社のこと(将来)を経営者の立場になって真剣に考えれば、敢えて言わざるを得ません。経営者の理解から、IPO準備が推進されていきます。
以下に、具体的な個別事項の整備について説明します。会社固有の事情があると思いますので、全ての事項に該当しないかもしれません。ここでの説明は、基本的な改善対応であるとご理解の上でご参考にしてください。
IPO準備の最優先事項
以下に列挙する事項は、経営者の判断が必要な事項であり、かつ最優先での整備や改善の方向性の確認を行うべき事項等となります。スケジュール的には、直前々期中に実施すべき事項となります。詳しく説明すると1回分のテーマになるくらいの重要事項ですが、今回は基本的な内容の説明を行います。
また、整備に期間を要する事項や直ぐには結論がでない事項が大半ですが、整備の方向性については、会社、主幹事証券会社、監査法人と三者で合意しておく事項となります。
※印の事項は、経営者に関する事項となります。
(1)資本政策案の確認(※)
資本政策とは、現在の株主構成から株式上場後を見据えて、最適な資本構成に変えていくための具体的実施事項(のシミュレーション)をいいます。
できれば、経営者の関係する内容は直前々期に入る前に実施することが望ましいといえます。既に外部の出資を受けている場合は、実施事項の選択肢が限られてきます。
- 前提となる事業計画、利益計画の達成度合いが重要です。
- 上場までの全体像を把握することが重要です(資本政策シートを作成)。
- 直前2期間の第三者割当増資や株式移動等は、株価、割当先、株数等の妥当性が審査対象であり、開示が必要(反社チェックも必要)となることを踏まえて対応します。
(2)関連当事者等との取引の有無、整備方針(※)
企業グループとその関連当事者(財務諸表等規則第8条第17項)等と取引(営業取引のみでなく、その他営業外取引も全て)がある場合は、原則的に解消が必要です。
- 対象者毎に取引の有無、内容を確認します。
- 全ての取引を解消の方向性で検討し、その時期を設定し、証券会社に確認します。
- 金融機関等からの借入に対する経営者の保証、リースの保証は、上場申請まででも可能です。(主幹事証券会社に確認が必要)
(3)関係会社整備(※)
資本的関係会社だけでなく、人的関係会社を含めて整備を行います。関係会社整備は、事業計画策定、連結決算、資本政策に影響がありますので、全体を踏まえて内容、時期を検討します。
- 関係会社、出資先、経営者の出資会社を取引関係の有無を含めて全て把握します。
- 経営者の個人的事業と会社事業に関係会社を区分します。
- 経営者の個人的事業に区分された会社との出資関係、取引関係は解消します(上記(2)参照)。
- 会社事業に区分された関係会社については、原則100%子会社化します。
- 関係会社が赤字の場合、存続の妥当性を検証し、清算、合併等を検討します。
- 関係会社管理はIPO審査の主要項目となりますので、規程整備を含めて管理体制及び決算体制を構築します。
(4)事業セグメント等の決定
事業セグメントは、会社の事業内容を説明する場合の切り口となります。審査においては、事業セグメント毎の売上高、売上総利益の実績(東証第二部審査は、原則直前5期間、JASDAQは直前2期間)や2期間の利益計画の策定が求められます。
また、上場申請の有価証券報告書において、直近2期間の事業セグメント毎に営業損益や資産等の開示も必要になりますので、十分な検討が必要です。
- 既上場の同業他社がある場合は参考にしながら、事業セグメントの設定方針を検討します。
- 企業グループの収益構造、成長性の観点や決算体制、開示等を含めて絞込みを行います。
- 決定内容については、証券会社、監査法人に報告して了解を得ます。
- 業計画(中期経営計画・予算)へ展開します(売上高~売上総利益)。
(5)財務会計への移行
IPOの成否に関わる整備事項です。他の全ての事項が整備されていても、この事項が整備されないと上場会社となることはできません。また、上場後も毎期実施していく事項となりますので、体制整備を踏まえて対応することが重要です。会計士の方の監査証明は直前2期間必要ですが、決算は直前5期分を遡及して財務会計に組み直す必要があります。
会計方針の変更や処理手続の変更は、上場時期に影響を与える事項になりますので、必ず会計士の方の確認を得ておく必要があります。
- 財務会計がわかる責任者がいるかどうかが重要になります。不在の場合は、早急に人員を補充します。
- 財務会計への対応
以下の事項に対して、経理部門において、改善方針、スケジュール、担当者を決定して会計士の方に確認を行います。
- 会計方針、会計処理、新たに導入する事項の確認(減損会計、税効果会計)
- 勘定科目の整備(各種引当金)
- 開示への対応(連結決算、セグメント情報、関連当事者との取引等)
- 有価証券報告書の作成
役割分担を決定し、どのデータを活用して作成するか仕事量の把握と手順を確立する必要があります。 - 月次決算の迅速化(遅くとも翌月10日程度)
- 業績の分析、利益計画策定の基礎データとして活用
(6)その他
1.情報システム化の導入時期検討
仕入、販売、在庫、売掛金、買掛金等のデータが正しく会計データに反映されていることが重要ですが、情報システムを導入する場合、直前期、上場期はなるべく回避することが望ましいといえます。
2.法令違反の有無
税務における重加算や業法に関する法令違反等は、IPO準備に着手する前提として、証券会社(証券取引所)に確認する事項となります。
連動した整備の実施
下記事項は、IPO準備の基本事項です。個別の詳細な説明は、今回は省略させていただきますが、「業務の組織的運営」や「適時開示の実施」という審査項目をクリアするためには、下記の事項が連動して整備されていることが重要です。
一般的に、整備しやすい項目から着手されている場合が多く見られますが、審査項目は基本的に連動しており、整合性を確認しながら整備していくことが重要です。
例えば、業務手続が社内ルール化されていないと内部監査を実施できません。また、組織改定時に関連規程は修正する必要があります。同様に、事業セグメントや損益計算書の勘定科目が整備されずに、事業計画(予算)を策定しても、合理性や妥当性を検証することができません。個別に整備した場合には、関連項目と必ず整合確認を行っておく必要があります。
整備レベルの確認
IPO準備を主体的立場で行う各プロジェクトの責任者にとって、一番気懸かりな事項は、整備項目の「仕上がりのレベル感をどう確認するのか?」ということだと思います。
各項目に対して、企業規模や業態等の状況により、完成型は違ってきます。一概にこのレベルで問題ないと水準を設定することはできません。この判断は、証券会社や証券取引所の審査担当者の裁量に任せられていることになります。
会社側では判断が難しい状況になりますので、主幹事証券会社や監査法人の担当者の方に適時、整備の方向性、整備後の内容確認を行っていくことが重要になります。また、全体的な整備状況の確認は、証券会社の中間審査(事前審査)等で実施するので、心配する必要はありません。
次回は「IPO審査の形態・手法について」です
今回を含め二回にわたって、IPO準備について説明してきました。皆さんが期待した具体的な事項に触れずに終わった感もあります。先程説明したように、IPO準備の完成型は各社違ったものとなります。
IPO準備は、段取り(仕組み作りとポイントの確認)と皆さんの推進力(やる気とパワー)があれば進めていくことができます。
それともうひとつ最も重要なことがあります。IPO準備の過程で経営者が考えなければならないことは、「指摘されたことや指導されたことを受身でこなすのではなく、将来どういう企業したいのかを考えて、その仕組み作りに積極的にIPOの準備を活用する」ということです。
次回は、これまでの経験を踏まえて、IPO審査の形態・手法について説明します。
どこにも書いてありません。上場会社として、改善すべき事項です。