後戻りできない!上場における資本政策の重要ポイント第3回 ~資本政策作成方法と留意点〜

2011/9/08公開

株式上場における資本政策とは、現状の株主構成をスタートとして上場までの資本構成がどのように推移していくのかのシミュレーションを行い、適正な資本戦略についての考え方をまとめることをいいます。

 前回のコラムでは、資本政策の一つのポイントである「安定株主対策」について焦点を当てました。
今回のコラムでは、「安定株主対策」も含め、基本テーマである資本政策に視点を戻し、資本政策の作成方法と、作成時の留意点について解説いたします。

1.資本政策と事業計画

 資本政策は次のように事業計画で決定された情報をもとに作成されます。したがって、事業計画がないと資本政策を作成することはできません。具体的な事業計画としては以下のようなものがあります。

  • 資金計画をもとに上場前の必要調達資金の金額と時期を予想する
  • 上場までの利益水準の推移をもとに上場前及び上場時の株価を予想する

 一般的には、まず上記のような事業計画を作成したうえで、これに基づく資本政策案を作成します。その結果、資本調達等における制約がある場合には事業計画を修正しなければならないこともあります。

 株式上場準備は上場の数年前から上場前・上場後の年度別の事業計画を作成することによりスタートします。株式上場は「この会社は将来こうなる」ということを株式市場に約束することにより達成されるものですから、これを具体的な数値目標とその裏づけ資料により表した事業計画が必須となるのです。この場合の事業計画は実現可能なものでなければなりません。もちろん将来のことですから実現可能かどうかはやってみなければわからないのですが、少なくとも投資家・証券取引所・証券会社等に対して実現可能性についての説得力を与える必要があります。

 この説得力のポイントの一つとして「資金調達力」があります。上場後は一般的には資金調達力が向上しますし、上場時の公募で調達した資金もあるので特に説得力において問題となることはないでしょう(というよりも上場後の資金調達力が問題となるような会社はなかなか上場できないと思います)。問題となるのは上場前の資金調達力です。上場時点まで売上高が急成長していく事業計画を描いたとしても、その過程での運転資金の増大を支える財務戦略がどうなっているかを明らかにしなければ説得力のない成長計画になってしまいます。

 また、大型の設備投資を前提とした事業計画を描く場合、そのための巨額な資金を「いつ」「誰から」「どうやって」調達するかについての目算がなければ"絵に描いた餅"となってしまいます。このように上場前の資金調達力に関する説得性を支えるものとして資本政策を作成するのです。

2.資本政策作成における具体的な留意点

 資本政策は次のような点に留意して作成する必要があります。

(1)現在の株式の状況

1:株主構成

 まず、現在の株主構成を把握します。オーナー一族が100%近く保有していれば今後の安定株主対策は実施しやすいと考えられます。逆にオーナー一族の持分比率が低い場合には外部から資金調達する前にできるだけ安い時価でオーナー一族に株式を発行して持分比率を高めておくことも検討する必要があります。また、最近では株主の中に上場企業にふさわしくない者がいる場合問題となることがあります。後々に問題を残さないためにこの時点で株式を買い取ってしまうことも検討するべきです。さらに、名義株があればこれについても先に解決してしまうと良いでしょう。

2:株価

 次に、発行済株式の発行株価がいくらであったのかについて整理しておく必要があります。なぜならば、これが資本政策上の株価の出発点となるからです。株式上場を前提とする場合、上場前の株価は右肩上がりとなることを原則とします。

(2)上場スケジュール

 上場スケジュールは将来のどの事業年度に上場するのかというところから逆算して決定します。これはやってみないとわからないですし、実際に当初スケジュールどおりに上場できるケースの方が少ないようです。ただ、上場スケジュールを決めないと資本政策は作成できないので、仮でも目標でもいいので決定します。

(3)上場前の資金調達

 上場前に直接金融でいくら資金を調達しなければならないかは資本政策で最も重要なテーマのひとつです。なぜならば直接金融で外部から資金を調達するということはオーナー一族の持分比率は下がり、調達内容次第では支配権を失うこともあるからです。資本政策の観点からは、上場前の外部からの資金調達を実施しなくてもよいのであればしない方が良いと思います。

 しかし、上場に向けての成長に関しては資金が制約となってしまうことが多く、かつ実績の乏しい段階での間接金融の限界もあり、直接金融に向かわざるを得ないことも多々あります。ここで重要となるのは、「いつ」「誰から」「株価いくらで」調達するかです。上場までの資金は必ずしも今すぐに全額必要とは限りません。「資金を出してもらえる時に出してもらえるだけ調達する」という考え方もありますが、前述した株価右肩上がりの原則を考えれば、今必要でない資金はできるだけ後に出資してもらった方が持分比率へのインパクトは小さくて済みます。したがって、事業計画に基づいて将来の各事業年度ごとにそれぞれ直接金融での資金調達がいくら必要になるかを考える必要があります。

(4)安定株主対策

前回ご説明したとおり、安定株主対策が重要となる場合があります。とくに上記(3)の資金調達を大規模に実施する場合には、その実施前にオーナー一族の持分比率を高めておく等の安定株主対策を講じておく必要があります。安定株主対策は外部資金調達を実施する相当程度前(できれば1年前、少なくとも6ヶ月前ごろ)までに実施しておく必要があります。外部資金調達にあわせてほぼ同時に安定株主対策を実施すると、外部資金調達と同じ株価にしなければならず、効果的な対策とならないからです。「資本政策は後戻りできない」と言われるのはこうしたことからであり、だからこそ当初から上場前にどれだけの資金調達がいつ必要になるのかを計画しておく必要があるのです。

(5)上場時の予想株価・時価総額

 上場時の株価がいくらになるかということは、いつ上場するかということよりも予想しにくいものです。上場企業の株価ですから当該会社の要因以外にも株式市場の状況等の外部要因にも左右されます。実際にはブックビルディング方式により上場株価は決定されますが、資本政策においては次のように株価収益率(PER)を用いてシミュレーションすると良いでしょう。

予想株価=申請事業年度の1株当たり当期純利益(事業計画に基づく)×PER

PERの水準は業種によっても異なりますが、わからない場合には10~20倍程度として見積もることが多いようです。

 また、各証券取引所が上場の形式基準として上場時の時価総額(たとえば東証は20億円以上、東証マザーズは10億円以上)を掲げている点にも留意する必要があります。

上場時の予想時価総額=申請事業年度の当期純利益(事業計画に基づく)×PER

上記の計算式に当てはめて上場時の予想時価総額を計算し、少なくとも目指す取引所の時価総額基準を満たしているかチェックします。時価総額はこの掛け算で計算されますから、もしも時価総額が基準を満たしていなければ次の対応が必要となります。

  • 事業計画上の利益水準が低すぎると考えられれば、事業計画を見直すか、あるいは上場時期を遅らせる
  • PERが低すぎると考えられれば、PERを高く設定し直すが、この場合には、PERが一般水準よりも高くなることについての説明ができるか、を考える

また、上場前の資金調達に用いる株価は、この上場時の予想株価以下となるようにする必要があります。

(6)上場時の公募・売出し

1:公募

 上場にあたり行われる公募が会社の上場時資金調達額になります。上場時の予想株価に公募株式数を乗じて計算されます。公募は新規株式発行を伴いますので、これを考慮して安定株主対策を考える必要があります。

2:売出し

 オーナーの過去の出資株価と上場時の株価の差額がキャピタルゲインとなります。上場時に持株を売出しすることにより創業者利潤が実現します。

 資本政策上、創業者利潤を得るかどうか、あるいはどの程度得るかは様々です。ただし、上場前に持分比率確保のために実施した増資引受やストックオプションの権利行使等に伴い借金をする場合には、これを返済するために一定の創業者利潤を得るスキームとしておく必要があります。そうでないとせっかく上場したのに借金だけが残ったなどという悲劇に見舞われてしまいます。

INDEX : 後戻りできない!上場における資本政策の重要ポイント

お気軽にお問い合わせください

生産性向上や業務効率化、原価計算・管理会計に関するお悩みのほか、システムの費用感のご質問など、お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせはこちら

この記事の筆者

朝日ビジネスソリューション株式会社 代表取締役 公認会計士

蜂屋 浩一

大卒後、公認会計士試験に合格し大手監査法人へ入所。株式上場支援の部門に異動し、多くの上場案件に携わる。2002年朝日税理士法人立ち上げに参画。上場企業から上場準備企業、中堅・中小企まで幅広くサービスを提供している。朝日税理士法人の運営と並行し、朝日ビジネスソリューション株式会社にて代表取締役を務める。税務・会計、組織再編、株式上場支援、事業承継など幅広いジャンルのコンサルティングで活躍中。

人気のお役立ち資料