管理会計の実践におけるERPの有効性
IT技術が進展した現在における管理会計の実践には、情報システムの存在を欠かすことができません。経営にとって必要な情報を入手できる会計情報システムを、計画的にシステム構築していくことは、そのまま経営力の差につながります。
管理会計を実践していく上でERPの導入は非常に効果的です。今回はERPの機能の中でも特に重要な機能の一つである管理会計についてフォーカスをあて、管理会計の目的や、実践していく上での課題、管理会計の実現におけるERP導入の効果などについて解説をしていきます。
管理会計とは
企業に関わる会計情報(=企業会計)は管理会計と財務会計という2つに分類されます。それぞれが別の目的で利用されており、報告する形式やルールといった特徴も異なります。まずはじめに、管理会計と財務会計の違いについて説明します。
(1)管理会計と財務会計の違い
財務会計の主たる目的は、企業外部の利害関係者、ステークホルダーに対して客観的な情報開示をすることです。ステークホルダーの中には、企業に出資している資本の運用状況を確認したい株主、また融資をしておりその企業の返済能力を確認したい銀行などの債権者、そしてこれからの投資判断をするために収益や将来性を確認したい投資家などが存在します。
報告の形式については商法、証券取引法などの法律・規則で定められており、会計や制度会計とも呼ばれています。決まったルールの元で対外的な報告の義務を伴う分、各企業では情報の取りまとめに財務会計システムを利用していたり、あるいはERPの一部に機能として組み込まれているものを利用したりしています。
【財務会計・制度会計に対応するソリューション】
財務会計・制度会計に対応する情報システムとしては、いわゆる「会計パッケージ」「会計ソリューション」「会計システム」と呼ばれるものが該当します。財務会計システムはほぼすべての企業に必要とされるため、古くからシステム化が進んでおり、選択肢が豊富にある分野です。企業の売上規模、業種に応じて財務会計システムにも多くのバリエーションがあり、自社にふさわしいシステムを選定することで、必要な情報を網羅した会計帳票や、財務諸表を効率的に作成することも可能になります。
(2)管理会計とは何か
一方、管理会計は、企業内部への情報提供を行い、経営者が業績評価や経営判断に用いることを目的とした会計制度です。
管理会計の情報は、情報提供の対象者が主に企業内部の関係者になるため、財務会計とは違って作成形式については必ずしも法律に従う必要はなく、各企業独自の視点や考え方に従った形式で作成されるのが特徴です。ERPには管理会計機能が搭載されていることが一般的で、ERP導入目的の一つとして、管理会計の実践をあげる企業が多数です。ERPを導入していない企業では、表計算ソフトなどを用いて手作業でオリジナルの帳票を作成しているケースも多く、とりわけ中小企業では、財務会計と比べシステム化がされていない企業が多いようです。
【管理会計に対応するソリューション】
管理会計に対応する情報システムとしては、前述したように管理会計機能を搭載したERPや財務会計システムが一般的です。企業によっては、財務会計システムや販売管理システムなど、社内の関連するシステムから様々な情報を集約し、それを様々な角度で閲覧・検証できるBI(ビジネスインテリジェンス)ツールなどを導入しているケースもあります。これらは、企業における経営者、経営企画部門など、経営にダイレクトに携わる部門がユーザーとなるケースが多いです。
管理会計に用いられるデータ例
管理会計の内容は各企業によって様々であるため、用いられるデータや指標も千差万別です。ここでは多くの企業で一般的に利用されており、多くのERPに標準機能として搭載されている「予算計画」「セグメント別損益管理」について解説します。
(1)管理会計データ・・・『予算計画』
経営計画を策定するにあたっては事業計画と共にその予算を設定します。明確な予算目標を設定することで具体的なアクションプランへ落とし込み、実績と対比することで経営計画とのギャップを把握しコントロールしていくことが可能となります。企業としての予算計画はもちろん、サービス別、販売商品別、得意先別など、細かく予算計画を立案することで、経営計画の実現可能性はさらに高まります。
ERPを活用した予算計画立案としては、まずシステムが保持しているセグメント情報にそって、製品別予算など細かな予算計画を情報として入力していきます。それらの情報は事業部門や企業総体の予算計画に反映されるため、会社全体の計画をシステム内で俯瞰的に確認しやすくなります。やがて販売システムを通じて集計された売上情報が、これらの予算計画と対比される形で積み上がり、会社全体の予算実績の対比を行うことが可能となります。
(2)管理会計データ・・・『セグメント別損益管理』
部門や製品、サービスごとの損益を個別に算出し比較を行うことで、利益の上がっているセグメントや、逆に成績の悪いセグメントを確認することが可能となります。正確な損益の算出を行うためには、まずは正しい原価計算制度の確立とその遂行が必要となり、これは人力によるオペレーションよりもシステムを活用する方が効率的といえるでしょう。セグメント個々のデータを参照することにより、個別の改善策を講じたり、製品であれば時には生産を終了したりするなどして、企業にとってより効率的な事業体制を構築することが可能になります。分析するセグメント情報の設定や選択は管理会計において大変重要な要素であるため、ERPの導入を検討する際には、自社の経営で重要視するセグメント情報を保持することができるか、また、その分析が可能な管理会計機能が搭載されているかどうかを確認すべきでしょう。
経営に絶大な効果をもたらす管理会計
前述のような会計データを作成し、しっかりと活用していくことで、業務効率の向上や、的確な経営判断をタイムリーに行うことが可能となり、企業の業績向上を図ることが可能となります。
管理会計データは実績値をベースにした指標以外にも、先々の売上見込や原価見込など、予測値を指標として採用することで、先を見据えた経営判断も可能となります。予測値を活用することで、今後さらなる成長が予想されるセグメントに対して早期に投資を行う、あるいは逆にどこかのセグメントに問題がある場合はそれが深刻化する前に対応策を講じることも可能となります。
また、管理会計は経営層にとってのみ意味のあるものではなく、ミドルクラスのマネージャーや、現場の一社員にとっても非常に有益であると言えます。現場社員に正しい会計情報が提供されることで、社員による自発的な分析や経営改善に向けたアクションが取られるケースが多々見られます。部門別業績管理などを行う場合には、ミドルマネージャーの経営者意識が醸成される効果もあるでしょう。
以上のような観点から、システムを通じて正確な管理情報を提供し、精度の高い管理会計を行うことは、企業経営に絶大な効果をもたらします。
なぜ管理会計の実践は難しいのか
管理会計の実践は企業経営にとって多くのメリットがあり、全ての企業が今すぐにでも取り組むべきテーマであると言えます。しかし現実には、経営者が満足の行くレベルで管理会計を実践できている企業はごくわずかです。なぜ管理会計を実践することは難しいのでしょうか?
管理会計の実現を阻む諸課題
管理会計における各種のアウトプットやデータは、経営管理者の意思決定に用いられるため、何よりも「正確なデータ」であることが求められます。しかしながら、ERPのような統合業務システムを導入していない企業では、この「正確なデータ」を作成するためにいくつか乗り越えなければならない課題があります。
課題1:データの正確性を担保できない
ERP未導入企業では多くの場合、各部門ごと、各担当者ごとに表計算ソフトや独立したシステムなどを用いて業務を遂行しデータを管理しています。これらのデータを管理会計に活用するためには、まず社内に分散しているデータを集計・加工する必要が発生しますが、その過程における入力ミスやコピペミス、誤った計算式などによるヒューマンエラーが発生する可能性があり、データの正確性には疑問が生じます。
課題2:正確なデータをタイムリーに入手できない
管理会計が切実に必要とされる規模の企業では、支社・部門・担当者の数が増大しデータの集計だけでも相当な時間がかかります。そこからさらにデータの転記、突合わせ、加工などの過程を経ることでさらに時間がかかり、最終的なアウトプットが完成するタイミングには既にデータが古く、経営的には全く意味の無いデータか、誤った判断を誘発するデータとなってしまう可能性があります。
管理会計に求めるレベルと間接部門の人件費はトレードオフの関係
これらの課題を解決するてっとり早い手段が人員の増加です。データの集計、加工、ダブルチェック、修正等により多くの人手を割くことで上記2つの課題はある程度のレベルまで解決します。
しかし、経営者としては、経理部門・管理部門などいわゆるコストセンターの人員を増加させることはできれば避けたいものです。そのため、現状の人員構成のまま、月末月初に集中的な残業を行うことで対応を図るケースが多く見られます。しかし、マニュアルオペレーションを続ける限り、得られるデータの正確性と適時性にはある程度限界があります。ある意味、管理会計のレベルと、間接部門の人員費は、トレードオフの関係にあるとも言えます。
上記の理由から、現状の作業リソースで得られるレベルの粗いデータと分析による管理会計の実践で甘んじるか、あるいは、そもそも管理会計をあきらめひたすら売上の極大化を目指すどんぶり勘定を続けるか、という結果になりがちです。
管理会計を効果的に実現するERP
管理会計におけるこれらの課題を解決する方法として、ERPの導入は非常に効果的です。
これまでこの講座で解説してきたように、ERPは社内にある様々なマスターデータ(製品マスタ、得意先マスタ、部門マスタ)や取引データ(売上各種、仕入伝票など)を統合データベースにて一元管理し、販売管理・在庫管理・生産管理・会計など複数の業務プロセスをシステム上で連携することができるため、データの正確性を担保することができます。
また、統合データベースにより管理される売上・原価など様々な指標は、時系列・製品別・拠点別・担当別など様々なセグメントで迅速にアウトプットができるため、データ集計にかかる時間や手間を大幅に削減し、ERP上で常に最新の情報をリアルタイムに確認することが可能となります。
ERPシステムの導入にはもちろん費用がかかりますが、得られるメリットは管理会計の実現だけにとどまらず、各部門における業務効率の向上、ベストプラクティスの実践など、企業経営の様々な部分に及びます。経理部門の人員増加に比べ、より高い費用対効果を得られる可能性があるのです。
人員増加によるマニュアルフローで管理会計を実現する場合のメリットも当然ありますが、より高度な管理会計を「効率的に」実現することを考慮すれば、ERPシステムの導入は効果的な選択肢であると言えるでしょう。
情報技術の進展により、かつては非常に高額であったシステムも汎用化、低価格化が進み、多くの企業にとって手の届く、現実的な設備投資の一つとなりつつあります。自社の経営戦略にそったERPやソリューションを導入することが企業の競争力に直結する時代です。ぜひ正しいシステムの選定、導入をしていただきたいと思います。