コロナショックをチャンスに変えた映像制作会社 3つの特徴
新型コロナウイルスは映像制作業にどのような影響を与えたか
4月頭から5月末にかけての緊急事態宣言期間中、映像制作業界ではロケや撮影の自粛を余儀なくされました。結果として、放送事業者は過去作品やダイジェスト版、未公開部分の再編集などをオンエアしました。映像制作事業者は仕事が激減してしまい、NPO法人映画業界で働く女性を守る会が業界関係者を対象に行った調査(*1)では、約8割が「収入がゼロになった・減少した」と回答しています。映像制作業界にはフリーランスが多く、「生活ができない」と悲痛な声も少なくありません。
現在は業界・事業者ごとに新型コロナウイルスに対応するガイドライン(*2)が整備され、ロケや撮影なども徐々に再開していますが、以前の現場とは撮影の進め方が異なっていくでしょう。今後は下記の3点に留意して制作をしていかなければなりません。
①3密回避
これからの映像制作の現場において、いわゆる"3密回避"は必須です。実際に、映画撮影における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン(*3)では関係者間で2メートルの社会的距離が確保できるよう推奨されています。特に屋外でのロケ・撮影を行う際は各地方自治体の方針に沿い、出演者やスタッフだけでなく地域住民の安全を配慮して制作を進めていかなければなりません。
②衛生面の徹底
撮影現場では検温、マスク着用、アルコール手指消毒剤の設置、機器等の清拭消毒を徹底する必要があります(*3)。食事のケータリング手順、配布方法など細部に渡り配慮しなければなりません。映画制作における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン(*4)では、感染対策や健康管理担当の専属スタッフを最低 1 名(医療従事者が望ましい)配置するよう求めています。
③リモートワークへの移行
外出を伴う撮影は必要性を検討し、可能な限り見合わせることが推奨されているため、映像制作現場ではリモート制作への移行が進んでいます。打ち合わせやオーディションなどもオンラインを利用することで、接触機会を減らすよう求められています(*4)。
ピンチをチャンスに。コロナショックが転機となった映像制作会社の3つの特徴
大きな影響を受けている映像制作業界ですが、これを業界構造の変革期と捉えた企業も存在します。それらの企業は
- インターネット配信
- 制作のリモート化
- 最新テクノロジー
を活用しています。例を挙げながら見ていきましょう。
①インターネット配信の活用
コロナ禍で在宅時間が増加し、それに伴ってインターネット動画配信サービスの利用が増えています。サイバーエージェントグループの株式会社AJAが行った調査(*5)によると、2020年4月時点の動画配信サービスの利用率は84%となり、2019年12月の78%よりも増加しています。これに加え、無料で視聴できるYouTubeなどのプラットフォームやニュースサイトなどで公開されている動画、Instagramのライブ配信やTikTokの投稿なども含めると、実際の視聴者はより多いものと考えられます。
あらゆる場で求められるインターネット動画配信
多くのオフラインイベントが中止されましたが、現在では徐々にオンラインの場へと移行し、試写会や音楽ライブ、教育・育児動画、セミナーや説明会動画などが配信されています。
株式会社シーエスレポーターズは企業の動画ライブ配信を支援するサービス「ライブデリバリー」を開始しました(*6)。これまでリアルで行われることが当たり前だった株主総会や採用説明会、記者発表会などの場が、急速にオンライン化し始めました。社会情勢の変化によって、映像制作・配信に新たなニーズが生まれています。
動画配信サービスの利用増加
動画配信サービスでは、日本テレビが運営するHuluや米国発のNetflix、Amazon Prime Videoが代表として挙げられます。グローバルでみるとNetflixが利用者数トップを走り、2020年3月から6月末時点まで1009万人(6%)増え、全利用者数は1億9295万人に達しました(*7)。また、manamina[マナミナ]の調査(*8)によると、Amazonプライムビデオアプリ利用者は2019年末から100万人近く増加、3月時点で940万人を越えています。
自宅の外で楽しむエンターテインメントや対面でのコミュニケーションが難しくなっている現在、インターネット動画配信サービスの需要にはさらなる拡大が期待できます。それに伴い、映像制作会社に求められる要素も変化していくでしょう。
②リモートへの素早い対応
多くの映像制作が休止していた中、緊急事態宣言前後に素早くリモート対応を行い、影響を最小限に抑えた企業があります。中でも、撮影までもオンラインで行ってしまうという、業界のこれまでの常識では考えられなかった実験的なプロジェクトも各所で立ち上がりました。
フルリモートでの映画制作
映像制作のアイエス・フィールド株式会社は、3月に脚本から撮影までの全過程をオンラインで実施(*9)(5月ネットTVサービスABEMAで配信)。また映画「カメラを止めるな!」の監督やスタッフたちは低予算という制約の中、自撮り撮影とリモート編集で制作を行い、最新作「カメラを止めるな!リモート大作戦」を制作しました(5月無料ネット公開)。
フルリモートでの映像制作
4月に立ち上がったフルリモート映像制作を専門とするSTUDIO DISTANCEは、リモート撮影技術とデジタルネイティブ・グローバル力を活かしたクリエイティブな発想を組み合わせ、企画から制作までシームレスに一気通貫した制作サービスを開始しました(*10 )。キャストの自宅へ機材などの制作ツール一式を送付し、オンラインで指示を出しながら撮影を行い、編集までフルリモートで制作しています。
③IT技術を活用した素早い新規サービスのローンチ
コロナ禍で生じた様々な映像制作上の課題に対して、素早く対応策を検討し最新のIT技術を活用して新たなサービスを提供している企業も存在します。
CGを活用した映像制作
サイバーエージェント子会社のサイバーヒューマンプロダクションは、人物や商品をスキャンしたデータをCG背景に合成する映像制作サービスを開発しました。ドラマや映画の制作に応用でき、実際にロケや撮影を実施しなくても違和感のない映像を制作できます。
AIカメラなど最新技術を活用したソリューション
最新技術を活用した撮影ソリューションを提供するスターコミュニケーションズ株式会社(*11)は、現場とスタジオをネットワークで接続する番組制作、リモート環境下でのクラウドを活用した放送・配信作業、撮影にAIカメラを活用して3密を回避するといったサービスを提供しています。
With/Afterコロナ時代に求められる映像サービスとは
ここまでWith/Afterコロナに向けた企業の動向を見てきましたが、今後の映像制作業はどのように変化していく必要があるのでしょうか。3つのポイントを紹介します。
①企業の情報発信における課題を解決する
With/Afterコロナでは、企業は情報発信のために映像・動画を使わざるを得ません。これまでオフラインでの集客やプロモーションで成功していた業種・業態も、クライアントやカスタマーの働き方、生活スタイルの多様化に合わせて今後はオンラインに重きを置いた情報発信が必要となります。コロナ禍で生まれた企業の課題を解決するために、オフラインでの接客や接点づくりに匹敵する動画コンテンツの制作・配信が求められています。
②ライブ映像のニーズを捉える
動画配信サービスの台頭で「いつでも・どこでも」多くの映像作品に接触できるようになった一方、「今・ここ」にしかない価値を創出するライブには根強い人気があります。コンサート、舞台やスポーツ観戦という「そこに行かなければ体験できない」ものは、生で見ることで迫力を感じたり、同じ場所にいる人々と興奮を共有したいという欲求を満たしてきました。With/Afterコロナでは、そうしたニーズに応える場を代替するものとして、ライブ映像配信が利用される場面が増えていくはずです。
③自社の強みを可視化し、特定領域に特化する
かつてない制約を課される中で、映像サービスにイノベーションを生み出すことができれば、これからの時代に求められるプロダクションとして業界内での存在感を高めることができるはずです。
そのためには、まずは自社の強みや既存事業の課題の可視化、競合との差異といった現状分析が重要です。3C分析やバリュー・チェーンといったフレームワークは、投資すべき企画・技術、課題解決においては優先順位を把握する上で有効な手段です。
3C分析
「顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)」の頭文字をとったフレームワークです。顧客・競合・自社の3つの視点で映像制作やサービスを考え、現状把握や情報収集をしていきます。3C分析を行うことで、事業や自社の方向性を見据えることができるでしょう。
バリュー・チェーン
映像企画・撮影・加工といった事業活動を工程ではなく、価値(Value)の連鎖(Chain)として捉えるフレームワークです。自社の事業活動を主活動、支援活動など機能別に分類し、どの部分に付加価値が生まれているかを可視化することで、企画面や技術面において、自社の強みと弱みを把握することができます。
フレームワークの結果を通して、最新映像技術に投資して特定のコンテンツに特化する、これまで取り組んでいなかった領域のコンテンツ開発を試みるなど、これまでに培った強みを生かしながら、新たなニーズを捉えられる方策を検討するのも良いでしょう。
ピンチをチャンスに変えるために、スピーディーな経営判断を
ここまで説明してきた通り、With/Afterコロナにおいて映像制作現場はまさに変革期であると言えます。この変化に適応するためにはどうすべきかという視点を持って対策を検討し、それを実現するための機能を自社に取り込むことが必要です。
企画から編集、配信にいたるまで、あらゆる過程においてITツールやデジタル技術を駆使することで、映像制作の効率化だけでなく、時代に合った働き方に対応することが求められています。進行管理や受発注管理のクラウドサービス、ビデオ会議ツール、映像制作支援ツールなどを活用することで、今まで行ってきた作業をリモートへと移行しやすくなるはずです。
加えて、With/Afterコロナ下では日々ビジネスの状況が変化するため、スピーディーな経営判断が肝要です。環境変化に追いついていくためにも、情報収集と変革(新しい手法などへのチャレンジ)を迅速に進めることが必要です。
特に昨今のような先が見えづらい時期に新たなチャレンジをする場合には、管理会計的な視点でサービス(事業)の収支を見ていくことが大切です。クライアントへのヒアリングやニュースなどをもとに、新しいサービスの仮説を立て、売上・粗利目標や成果指標(KPI)などを定め、状況に応じてそれらを軌道修正していく、こうした流れに沿うことでよりロジカルな経営判断ができるはずです。
まとめ
従来の価値観に縛られず、様々な分野の最新技術に興味を持ち、取り入れていくことこそが「新しい日常(ニューノーマル)」を生き抜くために必要な姿勢です。業種を問わず、コロナ禍で事業のストップや売上ダウンを余儀なくされたプロダクションも少なくありません。
新型コロナウイルスによって、現在映像制作業界には否応なしに変革が求められています。そうした変化に飲み込まれ事業の縮小を余儀なくされる会社がある一方で、本記事で紹介してきたように、インターネット配信を活用した新たなサービスやフルリモートでの映画・映像制作など、これまでとは異なる企画制作スキルやアイデアによって、時代のニーズを的確にとらえている企業が存在することも確かです。
では、困難な状況を乗り越えるだけでなく、反対にチャンスへと変えていくための条件とは一体何なのでしょうか。
こうした状況下で新たなチャレンジを行うには、タイムリーかつ精度の高い経営判断が欠かせません。
先のことが見えづらい時期であればこそ、自分たちがおかれている現状をしっかりと把握することが重要となります。
的確な管理会計を実施し、利益予測の精度を向上させることで、新たなことに対して積極的にチャレンジしていける土台作りが可能となるのではないでしょうか。
参考文献
*1:NPO法人映画業界で働く女性を守る会「新型コロナウイルス感染症による芸能・映像業界で働くスタッフ、キャストへの影響実態調査集計結果」
*2:特定非営利活動法人ジャパン・フィルムコミッション「新型コロナウィルス感染予防対策にかかるガイドライン集」
*3:一般社団法人 日本映画製作者連盟「映画撮影における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」
*4:協同組合 日本映画製作者協会「映画制作における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」
*5:株式会社AJA「動画配信サービス利用実態調査」
*6:日本経済新聞 2020年5月14日「企業の動画配信を支援 新潟県内で新サービス」
*7:日本経済新聞 2020年7月17日「Netflixの4~6月、25%増収 コロナで会員1000万人増」
*8:株式会社ヴァリューズ「新型コロナに対するAmazonプライム、Hulu、Netflixのコンテンツ無料施策でアプリユーザー数はどう変わったか」
*9:日本経済新聞 2020年5月2日「守れコンテンツの灯火 アニメ・映画制作、挑む脱3密」
*10:株式会社 東北新社2020年5月27日「東北新社は、グローバルクリエイティブエージェンシー「monopo」と 業務提携を締結、
フルリモート映像専門チームを立ち上げ、 共同事業によるリモート(=遠隔)映像制作サービス "STUDIO DISTANCE"を開始。」
*11:スターコミュニケーションズ株式会社 - Withコロナ時代の新しい映像ソリューションを。