IPOを成功させるための「資本政策」応用編

2013/2/12公開

前回コラムでは、資本政策の考え方作り方をケース・スタディを通じて説明してきました。今回は更に具体的なケースを取り上げ解説していきます。

今回のケース・スタディ

上場直前に8,000株にするとして、現在の株の発行状況が400株で1株あたり50,000円を会社設立時にオーナー経営者が払い込んだものとすると、その後8,000株にするまでどのようなことを考えて資本政策をプランすればよいのでしょうか。


このケースにおいて考慮を要する事項はおおむね下記の3ポイントあるといえるでしょう。

  1. 創業時から現在に至るまでの間の役員、従業員等の貢献を考え適切なキャピタルゲインが得られるように考える。
  2. 上場までの間に銀行からの融資では足りない資金調達が想定され、その資金をVCやエンジェルから調達する必要がある。
  3. 上場前から今後の事業発展に向けて、提携を強化すべきパートナーがいて資本提携についての申し入れを受けている。

今回はこれらのポイントを中心に解説をしていきます。

PERについての考察

前回述べたように証券市場におけるPER(Price earning ratio 株価収益率 株価と税引後利益の比率)の平均値はおよそ20倍ということがいえます。もし平均値あるいは正常値を20倍として考えるなら、それを変える要素として大きなものにはまず、市場全体の相場があります。これは例えば日経平均やNYダウなどで表されるものです。会社が平均的な上場会社であったとしても相場が下落している時期にはPERは10倍であったりします。逆のことも言えるわけで平均的な会社であっても相場が高騰している時期には50倍であったりもします。

それでは、相場が平均的な時期においてPERが50倍の会社はどう考えればよいでしょう。

私は、この会社は非常に短期間の間に利益が2.5倍になる可能性が高い会社と投資家が評価している結果50倍になっていると考えるべきと思います。したがって、増益見込みが崩れると株価は減少してしまうことが想定されます。

さらに同じ業績予測を示している会社であってもPERに差が出ることがあります。この場合は過去の業績の推移などから業績予測が底堅いと考えられる会社と、当たるときも外れるときもあるような会社では、当然、底堅い会社の方がPERは高いことになります。

つまり前者のケースでは、上場後短期間に利益が拡大していく会社のPERは高くなるということであり、後者のケースでは低成長であっても上場以来継続して確実に業績を上げてきている会社のPERも高いということです。

上記の2つの内容に加えて、さらにPERが異なる理由となるのは、会社の内容を適切に投資家に伝えているか、というIR活動です。このIR活動はさらに総じて言えば、企業のイメージにつながり、同じ業績であってもイメージの良い会社のPERは高くなるということも考慮しておく必要があるでしょう。

役員、従業員への割当

創業メンバーの中に共同経営者に近いような特別な人がいる場合を除き、これらの人たちに保有してもらう株式は上場後インサイダー取引に該当する場合を除き保有者の意思で売却できるものであるため、議決権行使のための安定株主とみなすことは出来ません。

そのような観点と役員従業員の財産形成といった視点とのバランスでこれらのグループに対する割り当て株数は上場直後の状態で10%前後となっているケースが多いといえます。

今回のケースでは仮に役員、従業員に1,000株割り当てたとすれば、上場直後の10,000株の10%となり、その時点での1,000株の時価は500百万円となります。もし割り当てするべきメンバーの数が25人とすれば1人当たり単純平均で40株20百万円となります。役員、従業員への割り当ては貢献度とのバランスが重要であるとともに、このような非金銭的なインセンティブを与えることによって会社の目的と自己の目的を同化させ業績向上、管理レベルの向上に対して前向きに取り組む意思を高揚させるものに対して行わなければ意味のないものとなるでしょう。そういった意味では割り当てるべきものはある程度限定すべきかと思われます。

エンジェル、VCへの割当

株式上場時に想定される株価が40万円ということであり、現在の状況からそれを達成できる可能性が高いと判断されるのであれば、その1~2年前の状態で例えば1株あたり20万円くらいで引き受けてもらえる可能性はあるでしょう。仮に1,500株をVC等に割り当てたとすれば株式上場前の段階で1,500株×200千円=300百万円の資金を調達することが可能です。

もし株式上場の3年以上前でその確度もあまり高いとはいえないという状態であれば株価のディスカウントは当然それに応じて大きくなります。上記の例でもし7万円ということであれば1,500株×70千円=105百万円の調達となります。

これらの資金が会社に入ってくることによって事業計画の達成が可能になるということであれば、VC等に対する株式の割当増資の成否が株式上場の達成および、会社の発展そのものの鍵ということになるでしょう。このようにベンチャー企業に対するリスクマネーの供給源となるVCやエンジェルは資本主義経済社会の新陳代謝を助けるという意味で非常に重要な役割を演じているといえます。

したがって景気の下降、株価の下落によってリスクマネーの供給が止まればベンチャー企業に血液が供給されなくなることを意味しマクロ経済的には経済の発展、新陳代謝を阻害することになるでしょう。その意味において政策的配慮が必要といえます。

資本提携(アライアンス)先への割当

資本提携とは、事業上の関係の濃い会社に対して、さらに関係を強化する意味を込めて株主になってもらうことを意味します。取引関係の安定化のみならず、上場前の資金調達と上場後の安定株主対策など同時にいくつかの目的を達する方法ですが、そのような関係にあたる取引先が見当たらない場合や資金調達が必要ない場合もありますのでケースバイケースで検討すべきでしょう。また、割り当て量が多すぎると割り当て先の会社から見て関係会社に該当することになる可能性もあるので注意が必要でしょう。今回のケースでは500株を1株当たり200千円で保有してもらったとします。

ケース・スタディのまとめ

以上のポイントをまとめると、以下のプランが策定されます。

  1. 設立時 1株5万円で400株、資本金20,000千円にて経営者一族の出資にて会社設立
  2. 400株を12倍に分割し5,000株にします。
  3. 役員・従業員に対する割り当て、役員に対しては500株を個人別に割当て、従業員持株会に対しては全体で500株を割り当て、1株当たりの払込み額は10万円とします。
  4. VCに対して1,500株を、取引先A社に対し500株を1株当たり20万円にて引き受けてもらうこととします。
  5. 今までの合計で発行済株式総数は8,000株となり、この状態で上場を迎え2,000株を上場に際して公募増資し、500株を経営者一族の保有株から売り出すことにします。

このプランを資本政策表の形にまとめると次のようになります。

資本政策表については、その形式というより、意味しているところを経営者自らが理解し、作成することが非常に重要ということです。なお、ケース・スタディでは単純化するためストックオプションなど潜在株式については取り上げませんでしたが、実際の資本政策においてはストックオプションを活用するケースが多くなっています。ストックオプションを発行すると、通常資本政策の各欄について、発行済株式、潜在株式、合計の3つの欄を作ることになりますので、表が3倍になってしまいますが、基本的な考え方を理解していれば、難しいことはありません。

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この記事の筆者

日之出監査法人 統括代表社員 公認会計士

小田 哲生

公認会計士。1979年より朝日会計社(現あずさ監査法人)に勤務。2002年より2009年まで代表社員。1985年以降はIPOを専門に扱う企業公開部に所属。20年以上に渡り、IPO業務推進の中心的役割を果たす。関与先でIPOを達成した企業数は30社以上となるが、特に2005年から2008年の4年間にかけて上場を達成した企業は15社となり、公認会計士業界では最多となる。東証、JASDAQ、ヘラクレスなどの主催するセミナーでも数多くの講師を務める。2009年上場準備・中堅企業のための日之出監査法人を立ち上げ、現在に至る。

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